国際平和と有徳 ベトナム戦争と日本  2009年4月24日の講義資料

鹿児島大学教育学部 神田 嘉延


わたしの青春とベトナム戦争
わたしを成長させてくれたベトナム
日本とベトナムの歴史的関係
ベトナムの独立悲願とトンズー運動。日本への留学をよびかける。一九〇七年頃。一〇〇人ほど東京で学ぶ。フャン・ボイ・チャウは伝統を守り、近代化と独立を達成している日本に感銘。しかし、日本とフランスの友好条約によって、フランス政府は日本に圧力をかけ、一九〇九年全員日本から退去させる。第2次世界大戦の日本軍のベトナム侵略と200万の餓死者問題。旧日本軍の良心的兵士たちのベトナム支援とベトミン軍の創設に尽力。陸軍士官学校を旧日本軍の兵士のもとにつくられる。ベトナム解放の幹部兵士を養成した。8人の元日本兵がベトナム政府から表彰を受ける。
 アメリカのベトナム侵略に対して、日本の全国各地で反戦運動が起きる。国民的な反戦運動として展開する。
ホーチミン思想の人類史的意義。独立と自由ほど尊いものはないということで、ベトナムの伝統的な思想と人類史的な普遍思想を統一して民族解放運動の理論を実践的にうちたてる。ベトナムの伝統的な村落社会が解放闘争の基盤になる。
ベトナムの社会経済構造と村落社会
竹垣のなかに皇帝の令は届かない。村の慣習・掟は、皇帝の法よりも勝る。ベトナムの社会の基盤は村であり、ベトナムのアメリカの侵略の抵抗基盤も村であった。むらは18歳になると伝統的に一人目として「サンデイオン」とよばれる。社会的活動が義務づけられる。むらには「ホイヒ」とよばれる相互扶助の伝統的組織がある。むらのすべては、12支循環のジャンプという組織に登録され、年齢ごとに組織され、教育される。むらのなかは、父系の「ホ」とよばれる血族組織があり、同じ先祖をもつ族の結婚は許されていない。むらのなかでは、長老が尊敬され、バックとよばれれて、むらの大切な行事やもめごとをさばく。五〇歳になると老として、むらの顧問になる。実際の日常的なむらの運営をおこなっているのは四〇歳代。四〇歳前後の村長も多い。
ベトナムのドイモイ政策による経済発展と貧富の格差の問題
ドイモイ政策 一九八二年で現実路線、一九七九年にカンボジアにヘンサムリン政権成立し、ポルポト政府との緊張関係なくなる。しかし、中国との緊張は大きくなる。一九八九年まで続く。ベトナム軍のカンボジアからの撤退。一九八六年にドイモイ政策。
ベトナムの協同組合と成功したむらの開発事例
ベトナムのドイモイ政策下での負の現象として孤児、ストリートチュルドレン


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神田嘉延研究室