「万物一体の仁」
吉田 健一
陽明学の重要な思想の一つに「万物一体の仁」というものがあります。王陽明
は万物一体の仁を、良知(人間に元々備わっている善なる本性。聖人たる性質)
と結びつけて考えました。自分を含む万物はつながっていて一体であるから、
他人の痛みは自分の痛みで、それを直そうとするのは自然の事で、それは良知
から発するものであるとしたのです。この考え方を社会に当てはめて行くと、
社会救済、社会改革の考えになって行きます。
陽明学者には朱子学者よりも具体的に社会的・政治的行動に出る人がいるのは、
『大学』の「格物」を「ものをただす」と理解する考えと共に、万物一体の仁
の思想が影響しています。陽明学では儒学の中心的な概念である「仁」につい
て、「万物一体の仁」つまりは全体論の中で考えます。有名な、孟子の惻隠の
情の話も、子供を助けるのは、子供を自分から単に対象物とみて「可哀想」と
同情するからではなく、自分と幼児を一体と考える所から湧いてくる情である
と解します。
さて、今日の我が国の現状と政府の社会政策をみると、為政の任にあるものの
多くが、この「万物一体の仁」を忘れているように思います。また、「万物一
体の仁」を一度も意識することなく、「末端労働者の貧窮や格差が生まれる事
は自己責任」と堂々と言い放つ、自称「勝ち組」の連中の心根は禽獣以下だと
思います。しかし、悲しい事に、自称、「勝ち組」も多くは本来的には持たざ
る者です。梯子を外されれば直ちに「負け組」に転落する可能性を持つ者も、
路上に放り出されるまで、自分というものに気づかぬものが多数です。
政治・行政の任に当たり社会政策の立案に関わる者も一般の国民も、今こそ、
互いに「万物一体の仁」を悟り、他者の痛みは自分の痛みと感じるような考え
方を取り戻さねばならないと思います。自分のみが良い目をする世の中を個々
人が目指すほど、結果としてまわりまわって社会は荒廃し、自分も痛い目にあ
うという事をしっかり意識すべきでしょう。人欲の塊と化した今の日本人の大
半が心を改めない限り、不況が治まった所で日本は没落し人心の荒廃は益々続
くでしょう。一人でも多くの人に「万物一体の仁」について気づいて頂きたい
と願います。
*サイト上の文章及び写真、または紹介する著作物の内容は、如何なる理由を問わず、転用・転載・引用等は著作権侵害に付き、堅く禁じます。
万一、無断転用、転載、引用等が判明した場合は法的措置を取らせて頂きます。
また、無断転用、転載、引用をした方が、学術機関におられる方の場合は、所属長、指導教員、上司などに必ず報告を致します。
院生等の方が、学位論文作成に関して、無断転用、転載、引用をされた場合も同様に致します。 不正が認められた時は、 ご本人と、その方の指導教員・上司等に当たる方からの文書による謝罪を求めます。